株式会社ガイアパワー

メニューボタン

メッセージ

2016年は、様々な変化が世界に起こりました。特にトランプ新大統領、英国のEU離脱については世界秩序の大変革を意味しています。グローバリズムが世界人類の幸福への道であるという共通認識が、その先導者であったアメリカ及び英国によって大きく後退あるいはそれを否定する動きに変わったということです。それは先進国におけるジレンマを如実に表してもいます。
地球温暖化対策については、パリ協定が昨年11月4日に発効し、少し後れて日本も批准することになりました。
藤崎グループは地球温暖化が人類の最大の脅威と考え、自然エネルギー発電を始めとする事業を展開しております。日本において、自然エネルギー発電を取り巻く環境はパリ協定の発効に反して、改善するとは言いがたい状況です。しかし、グローバルな視点で見ると、世界は大きく確実に改善の方向に向かっており、藤崎グループが大きく活躍する場が世界中に広がっていると感じております。
グローバリズム、地球温暖化防止共に解決して行くべき重要課題です。
私たちはグローカル(グローバル+ローカル)カンパニーとして、世界中がいつの日かわけ隔てなく理解しあえる日が来る理想に向け、そして、100年後の子供たちに素晴らしい地球環境を残すために、2017年も創造力とチャレンジ精神を発揮し、トータルなエンジニアリングサービスを提供してまいります。

代表取締役CEO
藤崎 耕治 (ふじさき こうじ)

1961年1月
熊本県にて出生
1979年4月
愛知県名古屋市立桜台高等学校卒業
1983年3月
国立岐阜大学工学部土木工学科卒業
1983年4月
(株)大林組入社 5月シンガポール赴任
1989年9月
マサチューセッツ工科大学大学院建設経営コース入学
1991年6月
同コース終了
1997年3月
(株)大林組退職
1997年4月
藤崎電機(株)入社
2000年4月
同社専務取締役就任
2001年1月
阿南青年会議所理事長就任
2011年10月
(株)ガイアパワー設立
2014年10月
藤崎電機㈱代表取締役就任

プロフィール

熊本生まれ 名古屋育ち
私は1961年1月熊本県に生まれました。
生まれてすぐ名古屋に移り、高校卒業まで過ごしました。
中学・高校時代はハンドボールに明け暮れる日々で、中学で全国優勝、高校で全国3位と毎日がクラブ活動でした。
高校卒業後、母に昔から世の中のためになる仕事をやるのが男の使命だといわれ続けていた影響で、社会基盤、道路、橋、ダムなどを作りたいと土木工学科に進学、そして願いを実現するため、大手ゼネコンの大林組に1983年入社しました。
大林組勤務で得たこと
入社したその日に面接があり、パスポートが取れ次第シンガポール赴任と配属が発表され、1983年5月始めての海外であるシンガポールの埋め立て現場に何も知らない状態で赴任したのです。初仕事は地元の作業員と共にパイプラインの調査測量。毎日炎天下で汗だくになって、いつの間にかローカルの人より黒くなっていました。このシンガポールでの経験が物怖じしない自分を形作ってくれたと感謝しております。その後、再度シンガポールへの赴任を経験しましたが、その他にも長野オリンピックに向けたトンネル工事を初め、日本国内の地下鉄、ダム、橋の建設等土木技術者として様々な経験をさせていただきました。
スポーツと読書三昧
仕事の合間はトライアスロン、ウインドサーフィン、エアロビクス、テニス、スキーとスポーツにチャレンジする毎日でした。一方で様々な本をむさぼり読む日々でもありました。ちょうど26歳の頃一冊の本に出会います。「タオ自然学」フリチョフ・カプラという物理学者が書いたもので、ニューエイジサイエンスと呼ばれ、当時世界中でベストセラーとなった本です。幼い頃より、物事の本質、人間とは、宇宙とは、物質とは、と様々なことを思索するのが好きだったのですが、この本と出合い、量子力学と哲学更にこれからの世界について深く考える機会を得たのです。
MIT留学
1989年、更に勉強をしたいと希望し、マサチューセッツ工科大学大学院へ入学。
MITでの学生生活では様々な国から来た留学生や文化に触れ、建設経営コースでは、プロジェクトマネージメントおよびビジネススクールにおいて経営実務を学ぶことができ、今の事業展開で大きく役立っております。また、夏休みに3ヶ月ほどアフリカ、ヨーロッパをバックパッカーとして旅をしました。この経験が新たな視点やグローバルスピリットを作ってくれ、海外展開に対する基礎体力を作ることができました。
そして忘れてはならないのが、John D. Sterman教授との出会い。
教授の「2000年代中頃には世界人口が 100億人を超え、その後急激に減少に転じる」
という言葉に、ショックを受け、エンジニアとして人類の危機的状況を何とかしたいと決心したのです。
藤崎電機(株)入社
1997年、14年勤めた大林組を退社し、義父が代表を務める藤崎電機株式会社に入社。
入社最初の担当は新社屋の建設でした。
設計から見直し、建設を古巣である大林組に特命で発注し、進めました。
また、当時進行していた阿南市橘湾火力発電所の建設工事では、藤崎電機は元請として、私がその現場を託されました。朝、現場事務所に出勤し、午後は本社で総務部長を勤めるという毎日でしたが、無事完成にこぎつけました。
そして入社の翌年1998年に太陽光事業を開始。その他新開発の微粉体製造装置の事業化やLED関連の一般消費者向け商材のマーケティング等様々なプロジェクトに取り組みながら、2010年に再生可能エネルギー固定買取制度の開始を見据え、自然エネルギー発電事業への展開を計画し、準備を整えました。
株式会社ガイアパワー設立
そして、温暖化防止のため、化石燃料中心経済から自然エネルギーを基盤とした経済への変換を果たすべく、2011年10月に株式会社ガイアパワーを設立。
ガイアパワーという社名は、イギリスの科学者ジェームス・ラブロックの「ガイア説」にちなみ地球がその力で世界を変えて行くことを期して命名しました。
創業のコンセプトは100年後の子供たちに素晴らしい地球環境を残していきたい。
そして、経営理念を「自然エネルギー発電を通して、地球環境と地域社会に貢献し、ひいては事業に関係する人々の物心両面の幸せを実現する」と定めました。
持続可能社会の実現を目指し、自然エネルギー発電事業を通じて創造的なエンジリアリングサービスにより、百年後のこどもたちに素晴らしい地球環境を繋いでいく活動を行ってまいります。
閉じる